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東京地方裁判所 昭和29年(ワ)10339号 判決

原告 荒木きみ

被告 坂井高蔵 外二名

主文

被告等は原告に対し別紙目録記載の建物を明渡し且つ各自昭和二十九年十一月十一日以降右建物明渡済までの一ケ月金千六百二十七円の金員を支払へ。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その一を原告の負担とし、その余を被告等の連帯負担とする。

この判決は原告において、各被告に対し金二万円宛の担保を供するときは、その担保供与を受けた被告に対し仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は「被告等は原告に対し別紙目録記載の建物を明渡し且つ各自昭和二十九年十一月十一日以降右建物明渡済までの一ケ月金三万円の金員を支払へ。訴訟費用は被告等の負担とする」との判決並に仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、別紙目録記載の建物は原告において昭和二十一年十一月三日訴外十条銀座商店街施設組合より買受け、これに一部建増しをしたもので原告の所有に属するところ、被告等は右建物に居住し昭和二十九年十月二十二日以降は、正当の権原がないのに、その居住を続けて、原告の右建物の使用収益を妨げ一ケ月金三万円の賃料相当の損害を原告に与へている。よつて原告は建物所有権に基き、被告等に対し右建物の明渡を求めると共に無権原占有開始後の昭和二十九年十一月十一日以降建物明渡済までの前示賃料同額の損害金の各自支払を求めるものであると述べ、

被告等の答弁事実については、原告が昭和十年七月二十五日以降被告坂井高蔵の内縁の妻となり、本件建物に同棲して洋品店を経営してゐたこと。被告坂井次平は被告高蔵の父であり、被告坂井仁彦が被告高蔵の子「原告と母子関係はない)であるところから本件建物に居住してゐるものであることは何れも被告等のいふ通りであるが、原告と被告高蔵とは性格の相違等から事毎に意思の疎通を欠き口論が絶えないので、原告は昭和二十九年二月十六日被告高蔵を相手方として東京家庭裁判所に内縁関係解消調停申立をし(同庁昭和二十九年(家)イ第三六三号事件)たが、調停は事実上不調となつたので同年十月二十三日調停申立を取下げたのである。しかし原告は被告高蔵との内縁関係を続けることは到底できないので同月二十二日本件建物より退去して被告高蔵との同棲関係を絶ち、これにより内縁関係は解消したのである。従つて同日以降被告等は原告所有の本件建物を占有する権原はなくなつてゐると述べ、

立証として甲第一号証の一、二第二号証、第三号証の一、二第四号証第五号証の一、二第六号証の一乃至三、第七号証の一、二第八乃至第十二号証を提出し、甲第一号証の二は同号証の一の建物の写真、甲第五号証の二は同号証の一の建物の写真、甲第六号証の三は同号証の二の建物の写真、甲第七号証の二は同号証の一の建物の写真、甲第九号証の瓦屋根の建物は原告が曾つて下宿屋をした当時の建物の写真、甲第十号証は被告次平の住宅の写真、甲第十一号証は被告仁彦の間借していた建物の写真であると附陳し、証人青木あさ、渡辺すい、高田多喜子、清野美代子、木川喜男、三枝吉太郎、福田四佑、赤塩フミ、坂井昇の各証言並に原告本人訊問の結果を援用し乙号各証の成立を認めると述べた。

被告等訴訟代理人は原告の請求を棄却するとの判決を求め、原告主張事実中別紙目録記載の建物を原告が買受け、これを所有するとの点は否認する。原告は昭和十年七月二十五日以降被告坂井高蔵の内縁の妻となり、本件建物に被告高蔵と同棲し洋品店を経営して来たものであるが、本件建物は被告高蔵において十条銀座商店街施設組合より買受けたものである。当時同被告は汽車の車掌として国有鉄道新宿駅に勤務し居り、戦時中より戦後に亘る所謂役得により昭和二十一年四月頃までに約四万円の貯金を有するに至つたが、本件建物買受代金は被告高蔵が富士銀行十条支店に預けて置いた預金三万八千円を引出し、原告をして前示施設組合に払込ませたものである。

されば本件建物は被告高蔵において買受けたもので同被告の所有に属するものであるが、原告は同被告のために前示施設組合との間に買受手続をなすに際り、買受申込人名義に原告自身の名義を使用したので、原告が買受名義人となつたが、原告は被告高蔵の内縁の妻なので、同被告は名義はそのままにして置いたが、これがため、右建物が原告の所有となるものではない。仮に被告高蔵の単独所有に属するものでなく、内縁の妻の働きによるものとしても、所謂「共稼ぎ」により買入れたものとして、同被告と原告との共有に属するものである。

被告等三名が昭和二十九年十月二十二日以前より別紙目録記載の建物を占有居住してゐることは認めるがその余の原告主張事実は否認する。右建物の相当賃料額は一ケ月金千六百二十七円である。

ところで被告高蔵が本件建物に居住し、これを占有してゐるのは前述の如く建物の所有者又は少くとも共有者であるためであり、被告次平は被告高蔵の父であり、又被告仁彦は被告高蔵の子(原告の子ではない)なので何れも被告高蔵の家族として被告高蔵の建物の所有権(又は共有権)に依拠して本件建物に居住してゐるのであると述べ、

抗弁として仮に本件建物が原告のみの所有に属するものとしてもすでに述べた通り被告高蔵は原告の内縁の夫として同棲したものであるから原告の承諾の下に本件建物に居住してゐるものであり、他の被告両名も被告高蔵の家族として同居を原告より承認されてゐるものであるから本件建物を明渡す義務はないと述べ、

原告の再答弁に対し、被告高蔵と原告との間に時に口論があり、原告がその主張の如く、被告を相手方として東京家庭裁判所に内縁関係解消調停申立をしたが、調停は成立するに至らないで、調停申立が取下げられたことは認めるが、原告対被告高蔵間の紛争は性格の相違などから起つたものではなく、原告は被告高蔵の先妻の子を虐待するばかりでなく、雇人である店員訴外成田武と懇ろとなり、同人を解雇した後も交際を続けて居るので被告高蔵が原告に戒告したのに対し原告は却つて反抗し、被告高蔵が先妻との間の娘の病気看護のため川越市所在の病院に赴き不在中、昭和二十九年十月二十二日原告は前示成田と共に数名の人夫を使役し、商品、陳列ケースレジスターその他被告高蔵所有の自転車、衣類、箪笥等全財産を持出し、板橋区板橋八丁目仲宿商店街の店先を借受け、成田と共に洋品店を開業するに至つたけれども、右事実だけで被告高蔵との内縁関係は解消するものではないと述べ、

立証として乙第一乃至第三号証を提出し、証人高橋緑郎、金坂彌次郎、中村理の各証言並に被告坂井次平、坂井高蔵に対する各本人訊問の結果を援用し甲第一号証の一、甲第二号証、甲第三号証の一、二甲第五号証の一、甲第六号証の二、甲第七号証の一、甲第八号証の成立は何れも認めるが甲第四号証、甲第六号証の一の各成立は不知、甲第一号証の二、甲第五号証の二、甲第六号証の三、甲第七号証の二甲第九乃至第十一号証について原告の附陳した事実は認めると述べた。

理由

別紙目録記載の建物が訴外十条銀座商店街施設組合より買受けられたものであり、その買主が原告が、被告坂井高蔵かの点は別として、現実、買受けの衝に当つたものは原告であり、買受名義人が原告であつたことは被告等も認めるところである。

ところで右事実と、成立に争のない甲第三号証の一、二、証人青木あさ、渡辺すい、高田多喜子、清野美代子、木川喜男、増田長男、三枝吉太郎、福田四祐、赤塩フミ、坂野昇の各証言、被告坂井高蔵に対する本人訊問の結果の一部並に原告本人訊問の結果を綜合すれば、原告は婦女の身ではあるが理財の途に長じ、商才にたけ、昭和十年頃から被告高蔵と内縁の夫婦関係に入つたが、(内縁関係のあつたことは本件当事者間に争ひはない)当時被告高蔵は国有鉄道勤務の車掌であり(後には新宿駅助役となつた。)先妻の子二名を伴ひ、原告と原告の母の暮らしてゐたところへ同棲するようになつたけれども、被告高蔵の月給は五十円程度のものであり、五人暮らしでは生活は楽でないところへ、被告高蔵は大酒を好み、月給の一部二、三十円程度しか原告の許には持つて帰らないばかりでなく、酔えば酒乱の気味があり始末の悪い夫であつたが、原告の母と別居して四人暮らしとなつてから、原告は素人下宿をなし、約二十人の下宿人を置いて生計を樹て多少の蓄財もでき、終戦後、間もない頃は高級の女物の和服類の古衣を行商する傍ら、被告高蔵の父被告次平に資金を供して軍袴類を仕入れて貰ひ、その販売により相当の利潤を得、可なりの経済的余裕を有するに至つたが、その間、被告高蔵は前述のような状態で、原告の経済的活動には何等関与するところがなく、本件係争建物も原告だけの考えで被告高蔵は何等の関知しない間に、商店経営の目的で昭和二十一年十一月三日原告自身買主として、原告自身のために十条銀座商店街施設組合との間に売買契約を結び、原告自身の経済活動により得た資金を投じて買受け(但し後述の如く後で増築されたが)その後原告の父訴外亡荒木三平の所有家屋並に原告が他に建築所有してゐた家屋等を売却して得た代金を以て、係争建物に二回に亘り一部建増をしたものであることを認めることができる。被告坂井次平、坂井高蔵に対する各本人訊問の結果中右認定に副はない部分は信用ができないし、証人金坂弥次郎の証言中判示に反する部分は、的確な証拠と云へず、他に前示認定を左右できる証拠はない。

右認定に係る事実よりすれば本件係争建物は原告(単独)の所有に属するものであると云はざるを得ない。

次に被告等が昭和二十九年十月二十二日以前より別紙目録記載の建物を占有居住してゐることは被告等において認めるところである。被告等は本件建物が原告のみの所有に属するものとしても被告高蔵は原告の内縁の夫として原告と同棲する関係上、原告の許諾の下に本件建物に居住してゐるもの、他の被告両名は被告高蔵の家族として同居を原告より承認されてゐる旨抗争するのでこの点についてしらべてみると、原告が被告高蔵の内縁の妻であつたこと、被告次平、仁彦がそれぞれ被告高蔵の父、子であることは本件当事者間に争がないので、原告と被告高蔵との内縁関係が継続し、同棲を続けてゐる限りは他の被告両名の同居も原告において承認してゐるものと推定するのが相当であるが、元来いはゆる内縁関係といふものは、終生の共同生活を目的とする一夫一婦の正当な結合関係である点においては適法な婚姻関係とその揆を一にしてはゐるが、当事者が婚姻の形式を採らない以上、当事者の外形にあらはれた意思の表現としての行為に基いて、法律上の効果を附与することを立て前とする法律の下では、相互に配偶者としての完全な権利義務を享有し得るものではなく、たとへ、内縁関係を、強ひて婚姻の予約とこぢつけてみても、配偶者としての関係を以て律する余地はない。唯、内縁関係は、一般に法律に疎遠な我国の社会においては、事実上相当多数存在し、公序良俗に反するものでもないので、法律上許容し得る範囲において、婚姻関係法規の法意に準じて、内縁関係から生ずる個々の問題を解明するの外はない。以上の見地から考えてみると、すでに述べた通り、終生の共同生活を目的とする結合関係である点においては婚姻と異るところはないので、当事者は相互に信義則に従つて右目的に誠実に協力すべき法律上の義務を負担し、右義務の違背により、内縁関係を破滅に陥れる原因を作為したものは、相手方に対し、右破滅に因り相手方の受けた損害を、民法第七百九条以下の規定に基いて賠償の責を負ふべきことは云ふまでもないが、内縁関係の解消自体は、事実上の問題であり、必ずしも民法第七百七十条所定の場合に限り一方的に破毀できるといふものではなく、婚姻の場合と異り、その関係の持続については前示損害賠償の外、相互に法律上の保障は存しない。従つて一方的に内縁関係を破毀するについて正当の事由がない場合でも、事実上右関係を解消する意思を表示する行為が当事者の一方により明確にされたときは、前示損害賠償義務の生ずると否とに拘らず、事実関係である内縁関係は消滅に帰したものと言はざるを得ない。

本件において、原告が被告高蔵と同棲し、営業中であつた別紙目録記載の建物から昭和二十九年十月二十二日被告高蔵の不在中商品、陳列ケース、レヂスター、衣類、箪笥等の一切の家財を持出して退去し他に店舗を構へたことは被告等の自陳するところであり、これに先立ち同年二月原告が被告高蔵を相手取り東京家庭裁判所に内縁関係解消調停の申立をしたが、調停が成立するに至らなかつたとの当事者間に争ない事実を併せ考へれば、内縁関係の円満な協議による解消ができなかつたので原告は一方的に内縁関係を打切るため、再び被告高蔵の許に復帰しない意思を以て、昭和二十九年十月二十二日被告高蔵との共同生活を将来に向つて拒絶する意図を事実上明確にしたものであるから、原告の右所為が一方的に内縁関係を解消するに足るものと認められる正当の事由に基くものであると否とを問はず、原告と被告高蔵との内縁関係は前示昭和二十九年十月二十二日を以て消滅に帰したものと解する外はない。

してみれば原告と被告高蔵との内縁関係の存続の事実の存在を前提とし、被告等に本件建物占有の権原があるとする被告等の抗弁の採用できないことは明である。

従つて別紙建物の所有権に基き被告等に対し右建物の明渡を求める部分につき、原告の請求は正当であり、又被告等の建物占有により原告がその建物の使用収益を妨げられ、賃料相当の損害を受けてゐることも疑を容れないが、賃料相当額については、一ケ月金千六百二十円であることは被告等の認めるところであり、右金額を超えるものである点については、これを認め得る証拠がないので、被告等が本件建物占有の権原のなくなつた日の後である昭和二十九年十一月十一日以降建物明渡済に至るまでの一ケ月金千六百二十七円の割合による損害金の支払を被告各自に対し支払を求める部分についても原告の本訴請求は正当であるがその余の請求は失当として棄却を免れない。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十二条本文を、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を(無担保申立部分は不相当と認めてここに棄却する)適用して主文の通り判決する。

(裁判官 毛利野富治郎)

目録

東京都北区十条仲原一丁目四番地所在

家屋番号同町五十一番四

木造瓦スレート交葺二階建店舗居宅一棟

建坪八坪四合二階八坪四合

(実測建坪十坪四合八勺三才二階十坪四合八勺三才)

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